2026.02.20

【奥山健太郎さん】ひと・まちストーリー vol.04

【奥山銘木店 店主・奥山健太郎さん】

歩くたびに、誰かの物語があるー
大門・丸之内で暮らす人、働く人、そしてこのまちを想い、支える人。
それぞれの想いが重なり合って、このまちの風景をつくっています。
そんな「まちの顔」に会いに行く「ひと・まちストーリー」シリーズvol.04

第4回目は、生まれも育ちも大門、銘木の卸しと書店を営む奥山健太郎さんをインタビューしました。

Q.自己紹介
A.奥山健太郎、B型さそり座

Q.未来の大門丸之内への想い
A.ウォーカブルな街に


Q.この街での想い出
小さい頃のエピソード・・・。お店のことばかりになるけど、子供の頃の大門丸之内には、おもちゃ屋、本屋、文房具屋、スーパーマーケットや駄菓子屋など、子供の行きたいお店が全部あった。しかもそれぞれ複数店。アスレチックもあったし、アーケード内にあった「タカラヤ」という家具店によく忍び込んで売り物のベッドに寝転がったりしてて見つかって怒られたりとか、裏路地のスナック街なんかも昼間はだれもいないから探検コースに。当時は子供も退屈しない街でしたな。

CDレコード店、楽器屋、雑貨屋、ゲーセン、喫茶店、ドムドムバーガー、ミスド、これらもすべて大門丸之内にあって、中高生のころにはお世話になりました。
当時はまあまあ都会っ子だと思ってましたよ。時代も変わったし、昔と同じようになるのも無理というか、違った形でもいいから、また人がたくさん歩いている大門丸之内に戻ってくれたらとは思う。

↑ご本人提供。お店からほど近い交差点。
右奥に見える大きめの2本の木が、今のフェニックス通りのフェニックスなんですって!


<後日お店へお邪魔したときに話した内容を追加>
今の書店の場所は、元々は銘木を置く倉庫、事務所だったそう。
書店としてのお店は健太郎さんからの代で、もう20年経つ。

小さい頃、病弱で学校に行けない日も多く、通学は必ず車、給食は食べれず、必ず家から持参したもの。体育も水泳も全て参加できず。それでも友達とは仲が良く、自分が家に遊びに行くことはなかったけど、よく遊びにきてくれていた。そのときがあったからこそ、本をたくさん読んで、本が好きになって、本屋をすることになるというストーリーを期待すると、「病弱すぎて本すら読めてなかった、本は人並み」。そんな時代を店主は「ひとりロックダウン」と呼び、コロナ禍を「懐かしかった」と明るく言う。

奥山さん、貴重な大門での思い出、ありがとうございます!

津市大門・丸之内エリアプラットフォーム「公式インスタグラム」
https://www.instagram.com/daimaru__areaplatform/

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