津城お堀跡
2026.02.16

街全体が巨大な迷路!?藤堂高虎公が仕掛けた「おもてなし」と「最強防御」

前回は、32万石という津藩の巨大な経済力についてお話ししました。 さて、そんな豊かな街を守るために、高虎公が設計した「津城下町」には、驚くべき仕掛けがいくつも隠されているのをご存知ですか?

今の「大門・丸之内」を歩いていると、道がカクカクと曲がっていたり、川が独特な流れをしていたり…実はそれ、すべて高虎公の計算通りなんです!

わざと道を曲げた!?「おもてなし」の心が生んだカクカク道路
普通、大きな道路は真っ直ぐ通した方が効率的ですよね。でも、高虎公は伊勢街道をあえて津城のすぐ近く(今の丸之内から大門エリア)を通るように「カクカク」と曲げて引き込みました。

これには、高虎公の「おもてなし(経済戦略)」が込められています。 旅人をあえて賑やかな中心部へと導くことで、街にお金が落ち、地元の商人たちが潤うようにしたのです。今も残る「鍵曲がり(クランク)」の道筋は、当時の活気を作った名残。

資料館の古地図と見比べると、「ここで旅人を呼び込んでいたんだ!」と 納得の発見があるはずです。

幅100メートルの水の壁!敵を絶望させる「最強の堀」
「おもてなし」の一方で、いざ戦いとなれば津城は「最強の要塞」へと姿を変えます。その象徴が、かつてお城を囲んでいた巨大なお堀です。その幅は、広いところでなんと約100メートル!

100メートルといえば、小学校の運動場の端から端までがすべて水、というスケールです。これだけ広いと、当時の敵が鉄砲を撃ってもなかなか届きません。北の安濃川、南の岩田川を「天然の外堀」として取り込み、街全体を水のバリアで守る設計は、まさに築城の名手・高虎公ならではのダイナミックな発想です。

津城お堀跡

32万石の誇りを見よ!高く、鋭くそびえる石垣
そして、水の壁を乗り越えた敵の前に立ちはだかるのが、あの有名な「高石垣」です。 高虎公が治めた「32万石」という巨大な領地は、幕府からの厚い信頼の証。

そのプライドを象徴するように、津城の石垣は垂直に近い鋭い角度で、空高く積み上げられました。

「敵を寄せ付けない強さ」と「32万石にふさわしい美しさ」。 機能性と美学を兼ね備えた石垣は、400年経った今も、津の街のシンボルとして私たちを見守っています。

資料館のマップを片手に「迷路」を攻略しよう!
「津城下町テラス」では、こうした街の仕掛けを分かりやすく解説したパネルや、

江戸時代の道筋がひと目でわかる散歩マップやデジタルマップを掲示しています。

「なぜここで道が曲がっているの?」「ここにお堀があったんだ!」 そんな謎解きを楽しみながら、高虎公がデザインした巨大な迷路、大門・丸之内の街へ繰り出してみませんか?

城下町テラス-津まん中歴史資料館-
場所/津センターパレス 1階 開館時間:9:00〜19:00

入館は無料です。お散歩やお買い物ついでに、ふらっと立ち寄れる「街の縁側」として、ぜひ遊びに来てください。


次回は、「めざせ石垣博士!築城名人・高虎流「最強の石垣」積み方図鑑」をお届けします。お楽しみに!


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